情動制御理論と脳研究

  繰り返し指摘しているように、情動制御が成立するためには、幾つもの脳機能が関与している。その中でも制御系と報酬系は、我々の正常な精神活動にとって不可欠な部位である。とりわけ重要なのは新しい脳である制御系(前頭葉)から、古い脳である報酬系(側坐核)への神経伝達経路の存在である。なぜこの経路がそんなに重要なのか?それは、この神経伝達経路が我々の健康な精神に必要な、いわゆる「良い体験」の形成ルートだからである。たとえば、ある不快刺激によって活性化された動因系(不快因子)は嫌悪系(対象防衛因子)や報酬系(自己防衛因子)、それに制御系(対象制御因子)のいずれかを刺激する可能性を持つ。たとえ動因系が活性化しても、それと同時に外界から生命維持にとって快適な世話も与えられれば、動因系とは別に制御系も活性化する。そうすれば動因系は制御系に刺激を伝達するが、その神経伝達が快適であるということを実感するために、制御系は報酬系を刺激し興奮させる。その後、動因系と制御系の活性化は記憶系へ伝達されるが、それと同時に、活性化された報酬系からも記憶系へ伝達される。その結果、記憶系ではそうした一連の「不快−制御」系体験がひとつのセットとして蓄えられる。そして、もし再び動因系が活性化した場合、すでに「良い体験」を蓄積している記憶系と制御系とが連動し、動因系からの刺激を誘導し、その処理を行なうことができるようにになる。活性化する動因系が自己不快因子であれば、それに呼応して制御系は対象制御因子を準備するし、活性化する動因系が対象不快因子であれば、それに呼応して制御系は自己制御因子を準備する。こうした細かな準備段階の様子と、その手順について記したものが情動制御理論である。


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報酬系リサイクル機能

  心の正常と異常の区別は、不快−制御系を構成する(つまり、許しの環や救いの環などを構成する)神経伝達経路と、不快−防衛系を構成する(つまり、不快因子同士の連動性や病的同一化などを構成する)神経伝達経路の違いに由来するが、これら二つの系はいずれも報酬系を利用している。進化の順から言えば、まず不快−防衛系を構成する自己防衛因子(処罰的自己、および理想的自己)が報酬系を使用する。これは「自己保存欲動」や「性欲動」を意味する。不快−防衛系も報酬系も、いわゆる古い脳(動物脳)に属している。次に、不快−制御系を構成する対象制御因子(謝罪的対象、および理想的対象)や自己制御因子(反撃的自己および誇大的自己)もまた報酬系を使用する。不快−制御系は前頭葉を中心とした新しい脳(ヒト脳)に属していて、その新しい脳から古い脳(報酬系である側坐核)へのアクセスが生じている。このように、報酬系は異なった領域から異なった伝達内容を受けて活性化するが、報酬系自体にそれらを選別する能力があるわけではない。つまり、麻薬を吸って心地よくなる報酬系と、支持され激励されて心地よくなる報酬系の活性化の性質は同じものである。しかし、他方で不快−制御系も不快−防衛系も別ルートを用いて記憶系を活性化しているので、たとえ報酬系を通過して同質の快を得ても、報酬系から記憶系に到る伝達内容は制御系や記憶系によって選別される。このように、対象および自己制御因子に快を与える機能を「報酬系リサイクル機能」と呼ぶ。
  報酬系リサイクル機能は、報酬系内の分化によって成立しているのではなく、報酬系を独占していた自己防衛因子に対して、新しく発生した対象および自己制御因子が自己防衛因子の独占を阻止する方向へ進化したと考えられる。おそらく、それはヒト種の絶滅を防ぐためのものに違いない。つまり、嫌悪系では未だに対象防衛因子が独占しているのに対して、報酬系では防衛因子と制御因子がその使用を共有している。すでに紹介した「→誇大的自己→弱い自己→理想的自己」という神経伝達経路は、不快−制御系と不快−防衛系が、ほぼ同時に報酬系を活性化することを示している。その際の典型的な精神現象は「笑い」である。笑いは心の正常と異常の区別を超えて、様々な種類(精神力動)を含んでいる。たとえば、赤ん坊の微笑みや統合失調症の空笑などである。むろん、赤ん坊や統合失調症では救いの環を中心とした情動制御システムは形成されていないが、誇大的自己を担当するニューロンは脳内に配備されているので、たとえ救いの環が機能しなくても、誇大的自己は思考系からの入力刺激で活性化する。どのような伝達経路であっても、一旦、誇大的自己が活性化されれば、その刺激は報酬系に到る。また、理想的自己が活性化する場合においては、単独の活性化もあれば、処罰的自己と連動して活性化する場合もある。それゆえ、笑いは誇大的自己が活性化する幾つもの事情と、理想的自己が活性化する幾つもの事情が重なり合って生ずるので、状況によって様々な種類の笑いが出現する。


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攻撃中枢と脆弱中枢

  不快因子の発生源である動因系には、悪い情動に匹敵する攻撃中枢がある。これと同様、弱い情動に匹敵する脆弱中枢の存在もまた十分に考えられる。我々の出生から学童期に到る成長過程における情動系の変遷を辿ってみると、まず「泣く」情動行為からスタートする。生後一、二年の間は泣いてばかりいたという人も多かろう。ところが、どんなに激しい泣き虫であっても、それは成長と共に沈静化し、次第に「怒る」情動行為に変化する。そして、さらに大人になった時には、泣くよりも怒る方が多くなるのではないかと考えられる。大雑把ではあるが、こうしたひとつの流れを見ていくと、泣く行為にはその背後に弱い情動に匹敵する脆弱中枢が興奮している可能性が高い。しかし、成長と共にこの弱い情動は制御されたり防衛されたりして、次第に泣く行為は収まってくる。むろん収まってくると言っても、もしそれが制御されれば、その後も適切に泣くことはできるし、もしそれが防衛されれば、たとえ泣く状況に遭遇しても泣けない人になってしまう。しかも、それだけではない。やがては弱い情動を刺激しそうな状況を避けてしまうようになる。つまり、逃避行動や回避行動を取るようになる。
  それでは、脆弱中枢はどこに存在するか?可能性として考えられる場所は、悪い情動と同じ動因系の中か、それとも嫌悪系と呼ばれる領域の中か、そのいずれかではないかと思われる。つまり、惨めな思いに曝されないように、嫌悪系が機能する可能性もあることから、ひょっとして嫌悪系は弱い情動に匹敵する脆弱中枢を隠し持っている可能性がある。制御系は動因系や嫌悪系と離れた脳部位に存在し機能する。それに対して、報酬系と近接する動因系や嫌悪系は、その報酬系を用いて比較的容易に自己−防衛ユニットを活性化し、いわゆる自己保存本能と呼ばれる精神力動を作り上げている。おそらく、脆弱中枢の存在は成長と共に目立たない所へ隠れてしまうから、より同定が困難になっているという事情があるのだろう。いずれにしても、脆弱中枢の存在はさほどその想定が不自然なものではない。しかも、攻撃中枢や脆弱中枢がいま述べたような精神力動を作り出していると考えれば、情動系神経伝達の基本パターンである「防衛因子⇔不快因子→制御因子」という神経伝達様式でもって、情動系神経伝達機能網を作り上げることができる。むろん、私の考えと全く異なる見解があっても不思議ではないが、類似した機能網を作成して、それで終わりということであってはいけない。そこから、しっかりとした方法論を引き出してこなければならない。(攻撃中枢は扁桃体にあり、脆弱中枢は視床のどこかにあると思われる。扁桃体は大脳辺縁系に含まれ、視床は間脳に含まれる。)


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脳に関する原因と結果

  私の一連の研究は、精神障害の原因になっている神経伝達内容と神経伝達経路に関するものである。すべての機能性精神障害の原因は神経伝達内容の異常にある。その伝達内容は専ら我々の環境から取り入れられる。見ることが視覚中枢を刺激し、聞くことが聴覚中枢を刺激するように、養育環境の内容は「快」を司る脳を刺激したり、「不快」を司る脳を刺激したりする。むろん、それらの刺激に反応する脳細胞(ニューロン)はすでに配置されているので、神経伝達内容の種類によって神経伝達経路が規定される。
  ところが、昨今、精神障害の原因は専ら脳画像所見に現れる脳の変化や神経伝達物質の増減にあると主張されるようになった。かつては、一部の研究者に限られていた内容が、最近ではどういう専門家か、よくわからない人達もまた同じようなことを主張するようになった。しかし私から見れば、そうした研究でさえ様々な精神障害の原因ではなく結果に過ぎない。たとえば統合失調症の原因について取り上げてみよう。ある研究者は脳画像に現れた脳の変化に注目し、それをまるで統合失調症の原因であるかのように主張する。あるいは、また別の研究者はある脳部位における伝達物質の増減に注目し、それをまるで統合失調症の原因であるかのように主張する。しかし、それらはそれらの背後に潜んでいる原因の結果に過ぎない。だから、いま世間で知られている統合失調症の原因は、幾重にも重なった疾患形成の一段階に過ぎない。(様々な精神症状に対して薬物療法を行ない、神経伝達物質に関する異常を解消しても、その背後に神経伝達内容の異常や神経伝達経路の異常がある限り、その原因が取り除かれることはない。)以下にわかりやすく、その重なった原因と結果の関係を示しておく。

        神経伝達内容の異常
    (不快因子や防衛因子の過剰な刺激)
             ↓
        神経伝達経路の異常
    (私が同定した様々な神経伝達経路)
             ↓
        画像所見に現れる脳異常や
        伝達物質に関する異常
             ↓
      様々な精神症状(様々な精神障害)


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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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