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    <title>新しい心の分析教室</title>
    <link>http://www.seishin-bunseki.jp/</link>
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    <docs>http://blogs.law.harvard.edu/tech/rss</docs>
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      <title>幻聴と情動失禁</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13975495.html</link>
      <description>  許しや救いに関するメカニズムの解明は、フロイトの構造論である「エス・自我・超自我」を、そして幻聴や情動失禁に関するメカニズムの解明は、フロイトの局所論である「意識・前意識・無意識」を、過去の世代の産物として規定し始めようとしている。ここでは、もう一度、意識体験としての幻聴や情動失禁について取り上げ、フロイトの局所論よりも、むしろ私の新局所論である「前意識・意識・無意識」が、すべての精神現象の仕組みに対応可能であることを強調しておくことにする。   幻聴は、覚醒時における夢現象である。多くの（統合失調症）患者は、私との（治療）面接の中で、私の話を聞く一方、幻聴からの囁きにも耳を傾ける。しかし、その時の患者は睡眠状態にあるわけでもなければ、催眠状態にあるわけでもない。換言すれば、注意散漫状態であっても、覚醒状態である。私との会話の途中であっても、幻聴が何を話しているか、絶えず注意を払っている様子であるが、時々、患者は幻聴が何を話しているかについて、私にその内容を教えてくれる。つまり、いつでも想起可能な前意識の内容は、意...</description>
      <pubDate>Wed, 27 Apr 2011 19:28:03 +0900</pubDate>
      <category>意識が関与する精神力動</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>忍耐と希望</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13959749.html</link>
      <description>  同じ心的外傷でも、犯罪などに巻き込まれた場合は、ナルシシズム系よりもむしろマゾキズム系の問題、つまり攻撃性の処理が重要になる。しかし、今回の震災によって受けた心的外傷の場合は（不十分な防災対策という点を除けば）誰も恨みようがない。それゆえ、マゾキズム系制御システムをフルに活用することができる。つまり、それは忍耐と批判である。とにかく、できることを淡々とやり、ひとつひとつ混乱を整理していく必要がある。すでに紹介したように、忍耐はさとり（とらわれのない心）と同等の価値を持つ。...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Apr 2011 17:08:22 +0900</pubDate>
      <category>東日本大震災の精神分析</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>蔓延する絶望</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13959682.html</link>
      <description>  はたして、被災者すべてに行き渡る支援は可能だろうか？もしそれらが十分なものであれば、被災者に自己愛型閉鎖回路が形成され、再び誇大的自己の活性化につながる精神力動を準備することができる。しかし、もしそれらが不十分なものであれば、誇大的対象の活性化は不快の転送ルートを活性化させ、マゾキズム系にも問題が発生する。つまり、不満の処理が必要になる。さらに、その処理が適切に行われなければ、処理し損なった不満がナルシシズム系に戻ってきて、誇大的対象や弱い対象、それに弱い自己を攻撃するよ...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Apr 2011 13:58:19 +0900</pubDate>
      <category>東日本大震災の精神分析</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>対象喪失に端を発した自己喪失</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13959668.html</link>
      <description>  多くの人が、被災によって家族や住まい、それに仕事を失った。その悲しみはたとえようがない。我々はいま対象喪失の真只中にいる。対象制御因子である理想的対象はいなくなり、それによって救いの環は回らなくなり、自己の主体性を失い始めている。そうした中で、主流を占める精神力動は不快因子同士の連動性である。ところが、主体性の権化である誇大的自己の活性化はすでに低下し、たとえ自己の対象化を試みても、活性化した弱い対象を誇大的自己でもって拘束することはできなくなった。それゆえ、自己の対象化...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Apr 2011 13:37:58 +0900</pubDate>
      <category>東日本大震災の精神分析</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>一体感や連帯感</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13959652.html</link>
      <description>  恐怖は自責回路を通して、狼狽や不安に合流する。さほど大きな心的外傷でなければ、狼狽や不安は二通りの精神力動でもって処理される。第一は、一旦停止した救いの環が再び機能し始める。第二は、自己防衛因子である理想的自己によって防衛される。（外傷の防衛を解離であると考えていたのでは、継続して発生する精神力動を理解することはできない。）ところが、比較的大きな心的外傷が継続した場合には、別の精神力動が生じてくる。その際にも二通りの精神力動が発生する。第一は、自己の対象化と、それに続く対...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Apr 2011 13:00:10 +0900</pubDate>
      <category>東日本大震災の精神分析</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>解離の真只中</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13959637.html</link>
      <description>  平成２３年（２０１１年）３月１１日、大きな地震と津波が東日本を襲った。千年に一度あるかないかという規模の災害であり、それによって東日本は壊滅的な被害を受けた。数多くの生命が奪われ、膨大な社会的損失が生じた。心に受けた痛手も大きく、今もなお、未だ悲嘆と動揺を隠せない日々が続いている。復興のためには、資金や物資をはじめとして、様々な援助が必要であり、その中には心のケアも含まれる。心のケアを行なうためには、いま心の中で何が起こっているのか、それは、どういう悩みに進んでいくのか、...</description>
      <pubDate>Sun, 10 Apr 2011 12:09:30 +0900</pubDate>
      <category>東日本大震災の精神分析</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>絶望や鬱と解離性障害</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13928873.html</link>
      <description>  時々、絶望や鬱をベースとして解離性障害が発生する。そのメカニズムは、絶望が鬱を形成し、かつ解離性障害を発生する場合と、絶望はあっても鬱はなく、しかし解離性障害が併発する場合である。前者の代表はヒステリーや自殺企図であり、後者の代表は遁走や犯罪、それに文学的、芸術的動機である。  鬱にヒステリー（身体化）が加わった「抑うつヒステリー」は難治性である場合が多い。たとえば、アルコール依存症で入退院を繰り返しているうちに鬱に陥り、その上に家族的、社会的軋轢が、いわゆる心的外傷として機能し、自己漏洩現象が起こり、ヒステリーが出現するという症例は決して珍しくない。  一口に自殺企図と言っても、様々な病態を含んでいる。手首切りなどの自傷行為はもちろんのこと、大量服薬による自殺企図、一気に自殺を達成させる破壊的衝動性などである。そうしたエピソードの後では、一連の行動について憶えていないことが多い。（これは余談であるが、先日、NHKの「クローズ・アップ現代」という報道番組の中で、「境界性パーソナリティ障害」が紹介された。その中で、未だしっかりとした治療法はないとのことであったが、真実はそうではなく、すでにしっかりとした治療法は確立している。...</description>
      <pubDate>Fri, 04 Mar 2011 20:54:01 +0900</pubDate>
      <category>鬱（うつ）とその周辺（２）</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>絶望サイクル</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13928804.html</link>
      <description>  不快因子同士の連動性は、未分化不快因子（悪い自己－対象、及び弱い自己－対象）の存在を示唆し、未分化不快因子の存在は、未だ情動制御システムが形成されていない精神構造、つまり許しの環や救いの環が形成されていない人格構造の存在を示唆する。ところが、すでに情動制御システムが形成されている精神構造においても、不快因子同士の連動性は起こり得る。この場合は、すでに不快因子は分化しているので、未分化不快因子は存在しない。すでに紹介したように、健康な精神状態であれば、情動系を構成するより多...</description>
      <pubDate>Fri, 04 Mar 2011 19:43:40 +0900</pubDate>
      <category>鬱（うつ）とその周辺（２）</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>気分変動の精神力動</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13919752.html</link>
      <description>  ちまたでは、「人の心は気紛れだ」とか「あの人は気分屋だ」という言い方をする。気分は、まるで天気のように、コロコロ変わり、その予測は当たらないという思いがある。確かに、疲労やストレスが溜まってくると、嫌な気分になりやすいし、それが強ければ強いほど、週末の浮かれ気分もまた強くなる。しかし、我々の日常生活がそうした気分変動によって大きく左右されているかと言えば、決してそうではない。何かトラブルが起これば、我々は努めて冷静に過ごすことが大切であるということをよく知っている。   気分変動の対語は、情動制御である。情動制御とは、健康な心の仕組みであり、機能である。その健康な心が気分変動を抑止する。健康な心は不快－制御系によって営まれており、気分変動は不快－防衛系によって営まれている。不快－制御系とは、許しの環や救いの環が機能している精神状態である。それに対して、不快－防衛系とは、防衛因子である処罰的自己や処罰的対象、それに理想的自己や誇大的対象が強く機能している精神状態である。むろん、不快－防衛系は気分変動だけに貢献するのではなく、諸々の不健康な（...</description>
      <pubDate>Thu, 24 Feb 2011 11:30:15 +0900</pubDate>
      <category>鬱（うつ）とその周辺（１）</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>絶望と遁走</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13918367.html</link>
      <description>  すでに繰り返し紹介しているように、移行対象とは対象防衛因子の分身を意味する。分身は未だ許しの環や救いの環が十分形成されない心的状況や、それらの形成途上において発生する。その分身が遊びや嗜癖の範疇から逸脱して、病的な色彩を帯びてくる原因は、破壊的攻撃性の侵襲による。その侵襲は、まず嫉妬を発生させ、次に「倒錯的思考」つまり絶望を発生させる。絶望が発生した場合、そのプロセスは三つに分かれる。ひとつ目は、うつ（鬱）の方へ進む場合である。二つ目は、絶望を解消する方向へ進む場合である...</description>
      <pubDate>Wed, 23 Feb 2011 12:57:34 +0900</pubDate>
      <category>鬱（うつ）とその周辺（２）</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>新型うつ病と認知行動療法</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13906993.html</link>
      <description>  表題に示したように、今回は精神分析とは全く異質な二つの用語について話しておきたい。最近、若者を中心にうつ病が急増しているという話をよく耳にする。こういうご時世だから、人の心労も大きくなるだろうと思っていた。いわゆるうつ病の類はいつの時代にもあるので、それだけではさほど気にはならなかった。ところが、先日、ある報道でその流行っているうつ病のことを「新型うつ病」と呼んで紹介していた。この用語がひどく気になったので、それについて解説しているサイトを調べてみた。すると、急増している...</description>
      <pubDate>Thu, 10 Feb 2011 19:51:00 +0900</pubDate>
      <category>様々な精神医学（精神分析）用語</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>公開完了のご案内</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13793462.html</link>
      <description>  予定していた分を超えて、さらに様々な記事を掲載し続けてきたが、「フロイト修正論要綱」でもって、当サイトの日本語掲載を完了する。現在もなお私の執筆活動は続いているが、再び治療を中心とした専門的な内容に関するものが多くなってきているので、それらについては、書籍「ダイジェスト版精神分析統合理論」の中で掲載する予定である。英語によるダイジェスト版の刊行は、私の研究生活のひとつの大きな節目である。それを完成させ発刊した後、日本語版の発刊も行なう予定である。今のところ、それらの発刊は...</description>
      <pubDate>Sat, 11 Sep 2010 11:02:18 +0900</pubDate>
      <category>掲示板</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>フロイト修正論要綱</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13793456.html</link>
      <description>  フロイトから出発した時には、もちろん、フロイトを修正するなどという大それた思いを抱いたわけではなかった。地道で根気強く、重症患者（病的状態）の治療を行ない、その結果、複数の治療を成功させていくにつれて、許しの心や救いの心の形成が治癒の鍵になっていることを実感した。しかし、それらによって、はたして精神病の治療も可能になるだろうか？これが私の最大の関心であり、この関心が精神病根治療法への挑戦に拍車を掛けた。そして、幾つもの難題をクリアしていくと、やはり精神病においても、許しの...</description>
      <pubDate>Sat, 11 Sep 2010 10:48:10 +0900</pubDate>
      <category>フロイト修正論</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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      <title>投影性同一視と解離性障害</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13788099.html</link>
      <description>  当サイト内の「解離と解離性障害（２）」の中に「投影性同一視と解離」という記事を掲載したが、そこで投影性同一視にもまた解離が生じていることについて言及した。その際の解離とは自然漏洩による解離を意味するが、どこまでが自然漏洩で、どこからが強制漏洩か？という点に関して、明瞭な境界線を設けることが困難な場合がある。たとえば、「投影性同一視＋情動失禁」という場合である。統合失調症の患者さんが、情動失禁を示しながら発病したり、あるいは慢性期から急性期に移行したりすることがある。ただし...</description>
      <pubDate>Sat, 04 Sep 2010 11:30:16 +0900</pubDate>
      <category>意識が関与する精神力動</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
          </item>
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      <title>意識と治癒機転</title>
      <link>http://www.seishin-bunseki.jp/article/13782467.html</link>
      <description>  おそらく、精神分析に関して、多くの読者が（最も）知りたいと思っている疑問のひとつは、いかにして精神分析が様々な心の問題を解決して治癒に導き、病的な人格さえも健康にしてしまうのか？という点であろうと考える。この疑問に関しては、すでに紹介した意識の不快－制御系や不快－防衛系との関係をよく理解すれば、容易に答えを引き出すことができる。ここでもう一度、それらの内容について振り返りながら整理すると、三つの作業にまとめることができる。   第一は、様々な置き換えを繰り返す防衛因子の実態に迫る作業である。特に対象防衛因子は、辛い情動体験の原因になっている場合が多いので、無意識と前意識との間の表象間移動を利用して、前意識の内容から無意識の内容に遡ることができる。たとえば、患者が幻聴に悩んでいる場合、その情動体験は被支配と恐怖によるものであるから、いま患者が言語化できる内容をもとに、そうした情動体験に沿って表象間移動の実態を解明していく。多くの患者はその両親から被支配と恐怖とを与えられているが、実際にはたとえばテ...</description>
      <pubDate>Fri, 27 Aug 2010 14:56:07 +0900</pubDate>
      <category>意識が関与する精神力動</category>
      <author>新しい心の分析教室 新田信也</author>
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