疾患形成と根治療法

 疾患形成について論ずる際に最も重要なことは、疾患形成を症状形成から明確に区別することである。今まで疾患群だと思われていたものの多くは症状群の中に入る。そうすると、どこからが疾患群の範疇かということになるが、この冒頭でしっかりと理解してもらいたいことは、疾患形成には明確な原則論があるということである。つまり、それは(対象および自己)制御因子の有無と、気質を中心とした病的同一化の方向性である。
 まず(対象および自己)制御因子の存在の有無によって、疾患群は精神病、病的状態(攻撃系病的状態と脆弱系病的状態)、防衛状態(攻撃系防衛状態と脆弱系防衛状態)に区別される(図1.精神構造の基本型第Ⅰ型〜第Ⅳ型参照)。次に気質に基づいた防衛の流動化によって、精神病は統合失調症と躁鬱病に分かれる。また防衛の流動化や病的同一化の方向性によって、攻撃系病的状態は境界性および演技性人格障害、反社会性および強迫不全性人格障害に分かれ、脆弱系病的状態は統合失調質および統合失調型人格障害、妄想性および受身的攻撃性人格障害に分かれる。さらに防衛状態は葛藤の種類よりも、病的同一化の方向性によって分類される。つまり攻撃系防衛状態は焦燥性、強迫性、回避性、ヒステリー性人格障害に分かれ、脆弱系防衛状態は自己愛性および依存性人格障害に分かれる。これで疾患群はすべてである。


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精神病の原因

 かつて、精神病は「狂気」と言われ、精神病者は「狂人」と言われた。しかし、今日では、精神病を「許しと救いの欠乏症」と表現し、精神病者を「そうした欠乏症で苦しんでいる人」と表現する。すでに体系化している成因論と治療論については、それぞれの各論の中で紹介することにして、ここでは私がいかにして精神病を解明したかについて、少し話しておきたい。

 精神科医になった当初から、心の悩みは「不快な感情の処理のまずさ」から生じてくると思っていた。そして、地道な臨床を重ねるにつれ、その不快な感情は二種類に大別できるという確信を持った。それは境界例(境界性パーソナリティ障害)の治療体験からである。たまたま良くなった症例の治療関係を調べた。すると、そこには極めて鮮明な「許し−許される」関係が形成されていた。私はこの「許し−許される」関係の内容を吟味したが、私の心にも患者の心と同じように「怒りながら、謝っている」という体験が生じていた。つまり、「二重同一化現象」の発見である。そして、この二重同一化現象の詳細な分析によって、それが反撃と謝罪から成り立っていることを突き止め、許しの精神力動を解明したのである。

 一方で許しの解明を進めながら、もう一方でまだ強い不全感を覚える課題があった。それはナルシシズムに関する研究である。一通り、コフート理論については学んでいたが、本当のところ、彼の理論の適応範囲がわからなかった。しかし、鵜呑みにすると不全感がこみ上げてくるので、何かしら問題があるのだろうと思い続けていた。その不全感を払拭してくれたのが、ひどくひきこもった症例の沈黙と、私の困惑に対する症例の反応であった。つまり、私がまったく動揺しなければ治療は沈黙で満たされ、私が弱音を吐くと治療は進展するという奇妙な展開に注目した。それが「弱い対象」の発見である。その後、期待の精神力動を解明し、コフートの不備に気づいたのをきっかけに、救いの精神力動についても解明した。
 こうした二つの発見と解明は、さらに二つの新たな展開をもたらした。ひとつは脳研究との照合である。たまたま勉強していた(脳内)自己刺激行動における恒常性についての見解や、それを引き起こす神経伝達に関するモデルが、許しや救いの精神力動として考えられる特徴と一致していることに気付いたのである。もうひとつは、すでに同定していた二種の不快な情動と、(その制御としての位置づけを持つ)許しや救いという組み合わせの必然性に関する発見である。すでに紹介したように、不快因子の他者拡散傾向と自己収斂傾向は、二重の対称的な特性を持っている。つまり二種の不快な情動の認知と認識に関する所見こそ、心の正常と異常とを区別する境目であることに気づき、それを基にして精神病の成因解明に進んだ。


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精神病の根治療法

「 精神分析統合理論の「第三部、症例研究」の中に「治療中断という苦悩」と題して、自分の臨床体験での観察を率直に述べておいた。精神病の原因を解明しても、根治療法はなお中断した。時々、私は「どうしてうまくいかないんだ?」と呻きながら頭を掻き毟った。私の根治療法は家族の参加や協力を前提にしたが、それに無理があると気づくまで十年以上かかった。根治療法の中断が家族の回避とうぬぼれにあることを突き止めた頃には、複数の患者からの示唆もあって、「私一人では治せない」という結論が出始めた。そして「二人同時に、同じ治療をやればよい」という思いが起こってきた時には、すでに私は「精神病根治療法の定式化」と「精神病根治療法の具体的定式化」の二つの論文を作成していた。思えば「弱い対象」を発見した時、私は「できない」という自分の限界に直面していた。そしてこれらの定式化が可能になった時も、私は「できない」という限界に直面していた。想像を絶する努力をしても、なお報われないという思いこそ、(結果として)私に大きな真実をもたらしたのである。


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病的状態(重症人格障害)

 精神病状態では攻撃系・脆弱系両系において制御システムは存在しないが、病的状態ではそれらのいずれか一方の制御システムが存在しない。その中でも攻撃系系制御システム(許しの環)が存在せず、不快因子同士の連動性、つまり「悪い自己⇔悪い対象」を中心とした精神力動を展開する一群を攻撃系病的状態と呼び、脆弱系制御システム(救いの環)が存在せず、不快因子同士の連動性、つまり「弱い自己⇔弱い対象」を中心とした精神力動を展開する一群を脆弱系病的状態と呼ぶ。
 簡潔に言えば、病的状態は精神病の重症度の半分、つまり「精神病=攻撃系病的状態+脆弱系病的状態」である。しかし、実際に病的状態の根治療法を行なおうとすると、健全であるはずの対側も葛藤化しているので、その重症度は半分以上のことが多い。もっとも、精神病の場合は慢性期や鬱病相から基本的防衛態勢(寛解期)へ誘導する作業に難航する場合が多く、それを成し遂げた上で上記の定式化の八段階がスタートすることを考慮すれば、やはり病的状態の重症度は精神病の半分であるとした方が妥当である。精神病の根治療法を手掛ける前に、病的状態の根治療法は必須の条件になる。


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攻撃系病的状態(四疾患群)

 攻撃系病的状態は「図1精神構造の基本型第Ⅱ型」に該当する。救いの環は形成されているが、許しの環は形成されていない。つまり、脆弱系系は制御システムを保有していて葛藤を形成するが、攻撃系系は制御システムを保有していないので、原始的防衛機制である否認と投影性同一視が交代して機能し、防衛の流動化を示す。攻撃系病的状態に属する疾患群は、気質軸に沿った境界性人格障害と、その亜型である演技性人格障害、それに気質軸に沿わない反社会性人格障害と、その亜型である強迫不全性人格障害の合計四疾患群である。


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攻撃系病的状態の原因

 攻撃系病的状態の原因は許しの環の欠乏である。つまり反撃的対象の取り入れと、それに同一化して形成される反撃的自己、謝罪的対象の取り入れと、それに同一化して形成される謝罪的自己の、いずれも欠乏している。攻撃系制御システムが機能するためには、治療関係(または第一治療)だけではなく、治療外関係(または第二治療)においても許しの環の形成が必要である。


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攻撃系病的状態の根治療法

 許しの環の複合拘束の形成が根治療法の目標である。第一は治療関係(または第一治療)において、反撃的対象を取り入れさせ、それに同一化して反撃的自己を形成させる。第二は治療外関係(または第二治療)において、反撃的対象を取り入れさせ、それに同一化して反撃的自己を形成させる。第三は治療関係(または第一治療)において、謝罪的対象を取り入れさせ、それに同一化して謝罪的自己を形成させる。第四は治療外関係(または第二治療)において、謝罪的対象を取り入れさせ、それに同一化して謝罪的自己を形成させる。


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脆弱系病的状態(四疾患群)

 脆弱系病的状態は図1「精神構造の基本型第Ⅲ型」に該当する。許しの環は形成されているが、救いの環は形成されていない。つまり、攻撃系は制御システムを保有していて葛藤を形成するが、脆弱系は制御システムを保有していないので、原始的防衛機制である否認と投影性同一視が交代して機能し、防衛の流動化を示す。脆弱系病的状態に属する疾患群は、気質軸に沿った統合失調質人格障害と、その亜型である統合失調型人格障害、それに気質軸に沿わない妄想性人格障害と、その亜型である受身的攻撃性人格障害の合計四疾患群である。


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脆弱系病的状態の原因

 脆弱系病的状態の原因は救いの環の欠乏である。つまり理想的対象の取り入れと、それに同一化して形成される誇大的自己が欠乏している。脆弱系制御システムが機能するためには、治療関係(または第一治療)だけではなく、治療外関係(または第二治療)においても救いの環の形成が必要である。


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脆弱系病的状態の根治療法

 救いの環の複合拘束の形成が根治療法の目標である。第一は治療関係(または第一治療)において、理想的対象を取り入れさせ。それに同一化して誇大的自己を形成させる。第二は治療外関係(または第二治療)において、理想的対象を取り入れさせ、それに同一化して誇大的自己を形成させる。実際には、いきなり救いの環を二つ作り上げることはできないので、まず自己愛型閉鎖回路を二つ作り、次に依存型閉鎖回路(巻き込み拘束)を二つ作る。


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防衛状態(軽症人格障害)

 防衛状態では情動系を構成する14個の因子は揃っている(図1精神構造の基本型第Ⅰ型参照)。つまり適切な刺激であれば、いずれの因子も活性化する。しかし制御状態と違って、未だ攻撃系・脆弱系両系の制御システムは軟弱である。つまり、何らかのストレスが加われば、許しの環や救いの環の回転は滞ってしまい、不快−防衛系が活性化する。そうした状況は、すでに紹介した葛藤を形成する。葛藤は不快因子をめぐって制御因子と防衛因子の両方が活性化し、膠着した精神力動を呈する。不快因子は四つ(悪い自己、悪い対象、弱い自己、弱い対象)あるので、葛藤も四種類存在する。しかし、防衛状態における疾患形成は葛藤の種類よりも、むしろ病的同一化の方向性によって決まる。病的同一化は、不快−防衛系の知覚系や思考系の巻き込み方を意味する。病的同一化は四通り(加虐型、恐怖誘導型、自己愛型、依存型)存在し、その組み合わせが疾患形成に重要な役割を果たす。


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攻撃系防衛状態(四疾患群)

 防衛状態は攻撃系防衛状態と脆弱系防衛状態に分けられる。攻撃系防衛状態は救いの環の形成よりも、むしろ許しの環の形成が軟弱である。つまり、脆弱系の葛藤(第三、および第四葛藤)よりも、攻撃系の葛藤(第一、および第二葛藤)が顕在化しやすい。攻撃系防衛状態には、焦燥性、強迫性、回避性、ヒステリー性人格障害の四疾患群が存在する。これらのカテゴリー化は攻撃系・脆弱系両系における病的同一化の組み合わせによって決まる。


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脆弱系防衛状態(二疾患群)

 防衛状態は脆弱系防衛状態と攻撃系防衛状態に分けられる。脆弱系防衛状態は、許しの環の形成よりも、むしろ救いの環の形成が軟弱である。つまり、攻撃系の葛藤(第一、および第二葛藤)よりも、脆弱系の葛藤(第三、および第四葛藤)が顕在化しやすい。脆弱系防衛状態には、自己愛性および依存性人格障害の二疾患群が存在する。これらのカテゴリー化は脆弱系病的同一化の方向性によって決まり、攻撃系病的同一化は関与しない。


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いわゆる神経症

 従来の精神医学(精神分析)では、神経症もまた立派なひとつの疾患群であり、その中には強迫症、恐怖症、心気症、ヒステリー、離人症が配属されていた。それに対して、私はこれらすべてを症状形成の中で説明したが、それらの間には、かなり異なった精神力動が存在する。症状形成の中で説明することのできる内容に、そのまま疾患カテゴリーを設けるという考えには賛成できない。ましてその内容にかなりのばらつきがあるから、なおさらのことである。したがって、今後において私は神経症という疾患カテゴリーを廃棄し使用しないことにする。つまり「〜症」と命名される内容は、すべて症状形成に属するものとする。


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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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