成長する理想的対象

 我々が保有する善良さは理想的対象の持つ善良さに由来する。我々は他者の善良さを取り入れ、それに同一化して自己の善良さを作り上げる。取り入れ可能な理想的対象は四つの成長段階を有している。

 第一は、脆弱系制御システム(救いの環)を形成するための理想的対象である。それは「弱い自己ー対象」を分化させると同時に、誇大的自己の形成を誘導する。

 第二は、様々な価値観を作り上げるために必要な理想的対象である。最も重要なのは職業的な選択であるが、そのためにはどういう分野が自分に適しているかを見究める必要がある。そうした意味において、社会的な自己の形成を誘導する。

 第三は、「とらわれのない(こだわりのない)心」に誘導する理想的対象である。この理想的対象は(人格水準の中の)制御状態に到達し、(誇大的自己が発する)自由と、(謝罪的自己が発する)忍耐(つまり節度)のバランスを維持している。不可解な(原因のわからない)不快に襲われることなく、自分や相手の心の負担の軽減に、絶えず注意や関心を向けている。

 第四は、「とらわれのない心」つまり平等と対等を身に着けた理想的対象である。我々人類にとって最も優れた精神活動は、あらゆる心的現実における平等や対等の獲得である。(しかし、歴史を振り返ると、人類は時々、天地をひっくり返すほどの差別と偏見に満ちた狂気と破壊に身を委ねてきた。)もし心に平等と対等を獲得することができれば、たとえそれに反する心的(社会的)状況が発生しても、その真相を理解し、対応することができる。(第三、第四の理想的対象は、制御状態や超制御状態の形成に必要である。)

 

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気質

 気質とは、14個の情動因子に「斑(むら)」があることを意味する。斑を作り出す要素は幾つかある。最も基本的な斑は不快因子によって作り出される。たとえば、悪い自己と悪い対象との間や、弱い自己と弱い対象との間、あるいは悪い自己と弱い自己との間や、悪い対象と弱い対象との間である。これらの斑をなくすことが「超制御状態」への道である。

 その不快因子の「平等性」は制御因子の斑によって阻まれる。対象制御因子や対象制御補助因子の斑は、取り入れの程度に依存し、自己制御因子や自己制御補助因子の斑は、その人の思考系の活動状況に依存する。さらに、制御因子の「平等性」は防衛因子の斑によって阻まれる。その中でも、特に処罰的対象と理想的自己は疾患形成の際に重要である。もし自己が理想的自己の活性化に親和的であれば、それを「循環気質」と呼び、もし処罰的対象の活性化に親和的であれば、その気質を「分裂気質」と呼ぶ。

 

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循環気質と分裂気質

 様々な外的事情によって、心的状況は異なるが、他の情動因子よりも優先して活性化する情動因子が存在する。それは自己防衛因子の理想的自己と、対象防衛因子の処罰的対象である。

 たとえば、何か予測のできない事態が発生した場合、一瞬「理想的自己→弱い自己」という自己解離が生じ、不安に襲われる。しかし、即座に「理想的自己←弱い自己」という防衛が機能する。

 また、何か不快な状況に遭遇した場合、不快の転送ルートが活性化し、それにつれて悪い対象も活性化する。その後、悪い対象は「悪い対象→処罰的対象」の刺激伝達によって防衛される。

 このように、ひきこもりと恐怖をもたらす防衛のあり方は、極めて特徴的な動物心性であり、これらの心性を気質として見立て、理想的自己を循環気質、処罰的対象を分裂気質と呼ぶことができる。(この両気質の最も大きな影響を受けるのは、精神病の病像形成や精神病根治療法の治療経過である。詳細は後述する。)

 ただし、この気質は常に変わらぬ性質を誇示するわけではない。もし制御因子が活性化すれば、上記の刺激伝達は、それぞれ「理想的自己→弱い自己→理想的対象→」、「処罰的対象→悪い対象→反撃的自己→」という方向へ進む。それゆえ、制御因子が準備されれば、気質を代表する防衛因子の活性化が低下し、気質は目立たなくなる。つまり、一見、固定化されていると思われる概念も、情動因子の連動性によって相対化される。

 

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様々な強迫

 強迫とは、攻撃系制御システムで生じた破壊的攻撃性が、不快の逆転送ルートを経由して、脆弱系制御システムへ流入しようとする際に、他の刺激伝達経路を使用することによって、それに干渉し、停止させようとする精神力動である。つまり、理想的自己の時点で、破壊的攻撃性の脆弱系制御システムへの流入を阻止しようとする心的活動である。(この心的活動の背後には、許しの環の軟弱さが存在する。)

 他の刺激伝達経路とは、第一に巻き込み拘束、第二に8字型閉鎖回路、第三に自己愛型病的同一化、第四に自責回路である。第一は強迫症(強迫神経症)に見られる自己完結型強迫、第二は強迫性人格(強迫性人格障害)に見られる完璧型強迫(うぬぼれ強迫)、第三は強迫不全性人格障害に見られる巻き込み強迫、第四はすべての疾患群に見られる常同強迫である。

 強迫の源は期待、つまり依存型病的同一化にある。期待によって活性化した誇大的対象から、刺激伝達は三方向へ分岐する。(上記の順に)第一は巻き込み拘束、つまり依存型閉鎖回路を形成する方向へ、第二は不快の転送ルートを経て、攻撃系制御システムへと分岐する。攻撃系制御システムに流入した刺激は悪い対象から、一方は反撃的自己を経由して不快の快変換ルート(8字型閉鎖回路「理想的自己→誇大的対象→悪い対象→反撃的自己→誇大的自己→弱い自己→理想的自己」)へ、他方は処罰的対象を経由して自責回路(常同強迫)や、あるいは(処罰的自己も経由して)不快の逆転送ルートへ分岐する。ちなみに、第三の巻き込み強迫の場合は、刺激伝達がUターンして期待に応ずる、つまり当てを充たすための自己愛型病的同一化を活性化する。

 これらの中で、第一、第二、第四の強迫は、自己の主観や自己の言動に限られた性質のものであるが、第三の強迫、つまり巻き込み強迫は他者を巻き込み、その巻き込みに失敗すると(自己愛型病的同一化を使用することができなくなると)、「強迫崩れ」(後述)を起こし、その結果、「の」の字型閉鎖回路に発展しやすく、様々な依存症の契機になる。(なお、強迫症に見られる自己完結型強迫は自我異和的であり、強迫性人格に見られる完璧型強迫は自我親和的である。)

 

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催促を伴う強迫崩れ

 前項で紹介した四種類の中でも、最も複雑化しやすい強迫は巻き込み強迫である。期待しても応じてもらえず、巻き込み強迫に失敗して、強迫崩れが生ずる。攻撃系制御システムに流入した不快刺激は、反撃的自己によって十分拘束されず(しかも誇大的自己の活性化も不十分であり)、不快の快変換ルートを活性化することができない。それゆえ、「→悪い対象→反撃的自己→悪い自己→処罰的自己→」という、攻撃系閉鎖回路の一部(催促)を形成しながら、結局、「→悪い対象→処罰的対象→処罰的自己→」と合流し、不快の逆転送ルートを経て、脆弱系制御システムに戻る。ただし、巻き込み強迫は、絶えず自己愛型病的同一化を活性化しようとするので、不快の逆転送ルートから自己愛型閉鎖回路を形成し、理想的自己で刺激伝達を停止させる。こうした一連の心的活動は、「の」の字型閉鎖回路の形成、つまり様々な依存症の発症を意味する。

 

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後悔・自己嫌悪・常同強迫

 処罰的対象の活性化によって生ずる見捨てられ感は、不快の転送ルートを中心とした心的活動に由来するので、もし反撃的自己という自己制御因子が形成されれば、見捨てられ感は解消する。

 これに対して、同じ処罰的対象の活性化によって生ずる後悔や自己嫌悪は、見捨てられ感とは別の刺激伝達を中心とした心的活動を展開する。つまり、これらの心性の発生源は悪い自己にあり、その悪い自己を防衛する処罰的自己から、二つの刺激伝達経路が生ずる。

 ひとつは「悪い自己→悪い対象→処罰的対象→理想的自己→弱い自己」であり、もうひとつは「悪い自己→処罰的自己→理想的自己→弱い自己」である。前者のルートの構成は、投影性同一視と自責回路であり、後者の構成は、不快の逆転送ルートである。

 いずれのルートも、悪い自己から弱い自己に到る刺激伝達経路であるが、重要なことは、最後に脆弱系制御システムにおける自己解離を発生させているという点である。両刺激伝達には力関係が存在し、もし前者>後者であれば、後悔になり、もし前者<後者であれば、自己嫌悪になる。ただし、後悔も自己嫌悪も不安を伴っているという点が重要なポイントである。その不安を起こさせないために、理想的自己の地点で、両刺激伝達の均衡、つまり「前者=後者」を作り出そうとする心的活動がある。それが常同強迫である。換言すれば、常同強迫は後悔や自己嫌悪に発生する不安を防止するための防衛手段である。なお、こうした一連の心性を解消するためには、悪い自己を拘束するための謝罪的対象の取り入れが必要である。

 

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回避性と反社会性の比較

 回避性と反社会性に共通する課題は、軟弱な許しの環の形成にある。それゆえ、破壊的攻撃性が脆弱系制御システムへ流入し、様々な心的活動を展開する。ここでは、それらを比較しながら、両者の違いを浮き彫りにする。

 まず、回避性の特徴は、第一に不快の快変換ルートを使用することができない。第二に不快の逆転送ルートを使用し、(その後)巻き込み拘束を形成する。第三に悪性サイクルを使用しない。第四に自責回路を使用する。第五に不快の快変換ルートを使用することができないので、償うことができず、責任回避を招く。

 次に、反社会性の特徴は、第一に不快の快変換ルートを使用することができる。第二に不快の逆転送ルートを使用し、(その後)「押し戻し」拘束を形成する。これは、裏切りや騙しの心的活動である。第三に悪性サイクルを使用する。第四に自責回路を使用しない。第五に不快の快変換ルートを使用することができるが、謝罪が欠乏するため、償うことができない。つまり、服役によっても更生することができず、再犯の可能性が高い。

 

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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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