絶望と遁走

 絶望が発生した場合、そのプロセスは三つに分かれる。第一は、鬱の方へ進む場合である。第二は、絶望を解消する方向へ進む場合である。それは巻き込み拘束(お節介)や不快の快変換ルート(うぬぼれ回路の形成)を用いることによって可能になる。第三は、絶望を鬱化することもなく、さりとてそれを解消することもできず、重苦しい思いをずっと抱き続ける場合である。できれば、そうした思いをかなぐり捨てたいのだが、はたしてそんな方法があるか?

 遁走は、(自己解離によって生じた)断片化した弱い自己を、逃走に向けかえる心的活動である。(遁走は「蒸発」や「失踪」を意味する。)つまり、遁走を「逃げる」情動失禁であると理解してよい。その遁走を起こすためには、現状に転機をもたらすための新たな分身を必要とする。そこで、まだ傷ついていない分身はいないかと探し始める。すると、確かに分身は複数存在し、そのうちの一人が傷ついても、他の分身は傷つかずに残っている。

 もし分身に不足があれば転機は困難であるが、他にも分身がいれば、今度はそれを転機の足掛かりにすることができる。なぜならば、その分身を利用して、「理想的自己→断片化した弱い自己→分身化した弱い対象→誇大的対象→理想的自己」という刺激伝達経路を形成することができるからである。このサイクル(脆弱系逆向性前駆型閉鎖回路)の持つ意味は、あるひきこもりが裂け、その結果、放り出された救いのない自分と、その自分と手をつなぐ救いのない相手とを、一緒にすっぽりと包み込んでくれる大きな力を持つ新天地(誇大的対象)を発見し、それに同一化して形成する別のひきこもりをまとった自分(理想的自己)が誕生するという意味である。

 ちなみに、頻繁に転居や転職を繰り返す人には、このような遁走を作り出す無意識的な動機があるに違いない。つまり、人から人へと逃げるのである。そして、再び「やり直し」の人生を始める。しかし、所を変え、人を変えてまで、転機を求める当の本人は、なぜ自分がそうした道を歩んでいるのか、知る由もない。

 

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変身願望

 幼い頃、テレビで「変身!」と叫んで超人に変身するアニメを見たことはないだろうか?変身は子供の想像力のみならず、大人の生活スタイルにも反映する。我々の日常において、変身は極めて多い。たとえば風貌や服装など、変身の道具には事欠かない。髪型ひとつをとってみてもそうである。いわゆる「おしゃれ」も変身である。美容整形もまた変身である。役者はいつも演技で変身する。それに変身は、時々、我々の生き様の中心的な課題になる。

 変身願望が我々の生き様の中心的課題になる場合、その多くは、今まさに体験している心の苦しみを乗り越えようとしてもうまくいかず、そうした苦しい自分から逃れようとして、もがいている心的状況にある。つまり、夢も希望もない自分や社会を感じ、絶望に陥っている心的状況である。そんな心的状況において、もし自責回路が活性化すれば鬱になり、もし不快の逆転送ルートが活性化すれば自殺につながる。これに対して、変身願望は鬱にもならず、自殺もしない方向へ自分を持っていこうとする営みである。その際に課題になるのは、既存の自己ー防衛ユニット(弱い自己ー理想的自己や、悪い自己ー処罰的自己)の内容とは異なる、新しい自己ー防衛ユニットの発見である。

 それをどのようにして見つけ出すか?すでに、誇大的自己の威力は低下しているので、覚醒度も下がっている。時間を掛けて吟味するゆとりもなく、何を欲しがっているのかさえわからないのに、ほとんど反射的(衝動的)に『これかなぁ?』と心に浮かんだものを眺める。しかし、それが何なのか見当すらつかず、それを思いついた理由も分からない。しばらくボーとして、その正体を探ろうとしていたら、突然、戦慄が走った。そして、『これだ!』と叫んだ。まさに、「異筋の直感」である。異筋の直感とは、非現実的な思考内容についての妄想的直感である。(脆弱・攻撃両系逆向性前駆型閉鎖回路が機能する。)しかし、たとえ思い込みの世界であっても、自己は新しい自己ー防衛ユニットを得たわけであり、今度はその内容に沿って一挙に動き出す。それがまさに変身願望を成就させるための遁走になったり、犯罪になったりする。

 

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盗癖と放火

 通常、盗癖は反社会性に基づく行動であり、放火は自傷他害の中の、他害に相当する破壊行為である。ただし、盗癖にも放火にも移行対象が用いられている。つまり、盗癖の対象は、他人のお金や貴金属などであり、放火の対象は、他人の家屋や自動車などである。盗癖も放火も繰り返される。それは破壊的攻撃性が尽きぬからである。したがって、攻撃性に関する情動制御システムの形成とその強化が根本的な対応策である。

 

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幻覚状態

 統合失調症に出現する幻聴の発生メカニズムについて紹介する。幻聴が発生するためには二つの条件が必要である。

 ひとつは、不快ー制御系の欠如である。それによって、不快ー防衛系が活性化し、覚醒度は低下し、自我意識も不鮮明になる。つまり、情操型自我意識が発生せず、慢性的な離人症が発生する。

 もうひとつは、脆弱・攻撃両系において、二重の投影性同一視が発生する。二重の投影性同一視を支える刺激伝達経路は、(参考資料の中の基本概念のところで紹介している)逆向性前駆型閉鎖回路である。ちなみに、いずれか一方の投影性同一視が発生しても、幻聴は発生しない。

 

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作為体験(させられ体験)

 自己が他者から「操られている」と体験する場合、誇大的対象が何らかの手段を講じ、(移行対象を用いて)自己を操作してくると体験する。「操るー操られる」関係の、わかりやすい例として「人形芝居」を挙げる。人形芝居では、芸人が糸(紐)などを通して人形を操る。作為体験でも同じ原理が使われていて、人形である自己が何らかの手段を通して、つまり道具を使って、芸人である誇大的対象から操られると体験する。その場合、芸人とは誰かわからない場合が多く、芸人が移行対象である電波や機械を使って自分を操ってくると感ずる。このような作為体験(させられ体験)の神経伝達経路は、脆弱系前駆型閉鎖回路か、それとも絶望サイクルであるが、操ってくる誇大的対象が誰であるか、不明なままにしておくための移行対象として、電波や機械が持ち出されるという意味合いがある。

 

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緊張病と破瓜病

 両者共に「〜病」と表現するが、これらはいずれも統合失調症の「病型」であり、統合失調症の成因と直接関係がない。これに対して、精神病の病像や病相は成因論の延長線上にある。緊張病と破瓜病の基底には幻覚心性が存在するので、知覚過敏状態は共有されている。その上で、「攻撃系前駆型閉鎖回路」が形成されれば、緊張病が発生し、「脆弱系前駆型閉鎖回路」が形成されれば、破瓜病が発生する。

 

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荒廃(人格崩壊)

 統合失調症に見られる緊張病や破瓜病は、未だ人格の荒廃を意味しない。つまり、昏迷や興奮、無為や徘徊、途絶や滅裂などが観察されても、厳密にはそれをもって「人格は崩壊した」と言わない。確かに、闘病生活が長ければ、荒廃(人格崩壊)しやすい。しかし、それだけでは不十分である。荒廃(人格崩壊)には、処罰的自己による残忍さの欠如という条件が必要である。

 荒廃(人格崩壊)とは「処罰的自己の欠乏状態」である。処罰的自己は、しばしば「殺しの喜び」を体験させる残忍な情動特性を有している。その残忍な特性が失われた時、人格が崩壊する。しかし、このように主張すると、元来、ヒトは残忍な存在かという問いが発生する。これに対して、積極的に肯定したいとは思わないが、否定する根拠もない。ただし、そうした心的状況は、未だ人間が不快ー防衛系しか持ち合わせていなかった頃のことであろうと考えられる。その後、ヒトは不快ー制御系を持つようになった。

 精神病状態では、不快ー防衛系が機能し、不快ー制御系は機能しない。しかし、たとえ精神病状態であっても、すでに脳内には不快ー制御系は配備されており、その機能不全に陥っているに過ぎない。つまり、不快ー防衛系が過剰に活性化している。ところが、そうした状態が長く続くと、その不快ー防衛系でさえも十分に機能しなくなる。統合失調症では、特に慢性期において、処罰的自己の活性化は極めて乏しい。たとえ処罰的自己が活性化しても、すぐに投影性同一視や病的同一化によって、処罰的対象の活性化に変わってしまう。したがって、不快の逆転送ルートもまた活性化しなくなる。このような心的状況では、処罰的自己を除く三つの防衛因子を中心とした心的活動しか展開されなくなり、荒廃(人格崩壊)が出現するようになる。

 

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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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