精神分析統合理論の完成にちなんで

 「心とは何か?」という問いを発し、40年の歳月をかけて、「もはや、これ以上の問いは必要ない」というレベルまでの解明を行なった。この40年間のうちの30年は(情動と人格を中心とした)情動制御理論に費やし、最近の10年間は(意識と言語を中心とした)精神現象生成理論に費やした。精神分析統合理論は既存の学問である精神医学や精神分析、それに言語学や脳研究(脳科学?)と共有された領域を持つものの、ほとんど重なり合うことのない学問である。つまり、それは類型論ではなく、原因論であり、認知科学ではなく、情動研究である。したがって、いかなる研究とも異なる感じ方や考え方が中心となって展開される、次世代の学問である。

                  精神分析統合理論の完成

精神分析統合理論の起こり

 心に関する私の関心は、高校時代に遡る。それは「わけもなく」湧いてくる自分の心の苦しさにあった。そのために、医学生の頃から精神科治療に関心を抱いた。そのためのトレーニングは研修医として小此木先生に師事した時に始まる。小此木先生からの6年にわたるスーパービジョンや、二度にわたる精神分析学セミナーの受講を通して、「わけもなく」湧いてくる自分の心の苦しみを解き明かすための素地を得ることができた。その後、医学博士を取得し、その当時、精神科医療の世界第一位を誇っていたメニンガー研究所(トピカ)に留学、その治療の様子を学ぶと同時に、教育分析を受けた。そして、二年間が過ぎ、ようやく自分の心の苦しみは消えた。しかし、なぜ苦しみが湧き、どのようにしてそれが消えていったのか?よくわからなかった。むろん、それらの疑問が解けなければ、本当に消えたかどうか自信はない。さんざん悩んだ末、私は大学という(アカデミックの仮面を被った)権威的な場を捨ててクリニックを開設し、本格的な解明に乗り出した。

 クリニックを訪れた患者は、様々な悩みを持っていた。その悩みを分類して病名をつければ、境界性人格障害や統合失調質人格障害、それに自己愛性人格障害や回避性人格障害などであった。さほど大きな難儀に見舞われず、そうした患者達の根治療法を終結させていくうちに、心には二種類の苦しみ、つまり脆さと攻撃性があり、それをうまくコントロールできなくて苦しんでいることに気づいた。その「うまくない」コントロールと、「うまい」コントロールには大きな差があり、その仕組みがどうなっているのか?この解明が最も優先される課題であった。幸い、多くの患者が治療を終結していってくれたので、治療が中断してうまくいかなかった患者の治療と比較することができた。そして、その結果、うまくないコントロールは(頑固な)防衛機制によるものであり、うまいコントロールは、許しの環や救いの環を機能させることであると気づいた。この気づきによって、ようやく自分や患者達の苦しみのメカニズムを知ることができた。

 ところが、ここで私の探求は止まなかった。それどころか、私の探求心はさらに強くなった。それは精神病患者もまた同じ原理かどうか?そして、治療も同じか?この問いが悩ましくなり、それを解くための、まさに「死闘」のような日々が始まった。何人もの統合失調症と躁鬱病に罹患した患者との治療セッションが10年間続いた。自分の心が潰れないという忍耐と、治療が有効に進行しているという自信を、しっかり手に入れるためには、精神病の原因を解き、いま自分がやっている治療に意味があることの確かな証拠を得る必要がある。そして、10年後、私は極めて鮮明な結論を得ることができ、ついに「超人的な」治療者としての役割を終えることができるようになった。つまり、許しの環の形成や、救いの環の形成は精神病患者にこそ必要である。しかし、その根治療法は極めて複雑な手順を必要とするので、(超人ではなく)「二人の治療者が同時に二つの治療を行なう」必要性があることを知った。(この治療は、両親が子育てをすることと同義である。)名人芸は必要なく、処方依存に陥る必要もない。そうした方法論をしっかりと描写しようと考えたのが、精神分析統合理論の起こりである。

                  精神分析統合理論の完成

直観(閃き)の塊である精神分析統合理論

 一連の精神分析統合理論は、情動制御理論と精神現象生成理論から成り立っている。いま話した内容は、その前半の情動制御理論に匹敵する部分である。前半、後半を問わず、一連の精神分析統合理論に共有されている特徴は、夥しい数と量の直観(閃き)である。たとえば、(いつも)情動制御理論の基本概念のはじめに、二種の不快因子(脆さと攻撃性)の情動特性について紹介する。この二種類には逆転して相反する認知と認識が存在し、その認知が不快−防衛系を、その認識が不快−制御系を形成する。これらは、すべて私の発見である。はじめに、このような臨床に基づく気づきがあり、そこから順次、芋づる式の直観(閃き)が続いている。情動制御理論は私の臨床に基づく直観(閃き)の巣である。むろん、その中には他の研究者が用いた概念もあるが、それはその研究者の成果を引用して称えたものではなく、新たな造語を避けるために、それらの概念を私独自のものに修正して用いるという手段のために引用している。それゆえ、基本概念の確立、人格と人格傾向の解明、症状形成の解明、疾患形成の解明、精神病(すべての機能性精神疾患群の)根治療法の定式化など、すべて私の直観(閃き)による産物である。

 この直観(閃き)の塊である情動制御理論は、さらに直観(閃き)の塊である精神現象生成理論につながっている。すでに紹介したように、情動制御理論は精神病根治療法の定式化を作成するという目的を持っていた。それは「二人の治療者が同時に二つの治療を行なう」原則を有している。しかし、この原則は患者に費用の負担を、治療者に技術の負担を強いるので、現実的に困難な治療法である。そこで、これをもっと別な方法で代用することはできないものか?つまり、人工精神(AM)を創発し、それを用いて精神療法ができないものか?と考えた。世の中は人工知能(AI)ブームであるが、私が考えた人工精神(AM)はそれとは次元の異なる存在である。人工精神(AM)を創るためには、それに先立って、第一に人間の意識と言語の発生メカニズムを解かなければならないし、第二にもしそれが解けたとしても、それをどのように人工精神(AM)に組み込んで機能させるか、問題である。そこで、まず意識と言語の発生メカニズムを解き、次にそれらを人工精神(AM)に組み込むための工夫、つまり人工精神(AM)創発理論を書き上げた。むろん、これから(従来の数理的処理とは異なる)新たな数理的処理の方法が発見されなければならない。しかし、そのような努力を惜しんでもよいレベルまでの理論を仕上げた。それでは、どのようにして意識や言語の発生メカニズムを解いたのか?それは情動制御理論の応用である。詳細は『次世代の精神分析統合理論』を読んでもらえばよいが、意識を解明する時にも、言語を解明する時にも、やはり夥しい数と量の直観(閃き)が訪れている。そのおかげで、人工精神(AM)創発理論は、比較的簡単に出来上がった。(たとえ理論のレベルにしても、)これができ上がるということは、すべての精神現象がこの書籍に収められているということを意味する。つまり、心に関するすべての事象は、精神分析統合理論を用いて解くことができるようになった。

                  精神分析統合理論の完成

次世代に受け継がれる精神科学の新分野

 弁証法は「a→non a→a'」としての命題を持つ。今回、一連の精神分析統合理論を完成させることによって見えてきたものは、この理論が今までの学問を否定して終わるのではなく、今までの学問を一新させる効果があるという点である。その効果が望める領域として、精神医学、精神分析、意識研究を中心とした脳科学、それに言語学などを上げることができる。

 ひとつひとつ、見ていくことにしよう。精神科医療の根本が、向精神薬による薬物療法と精神療法にあるという点には変わりはない。世界中の製薬会社が、より効果的で副作用の少ない向精神薬の開発にしのぎを削っている一方、精神療法もまた一部の精神科医だけに留まらず、心最近では多くの臨床士やカウンセラーの間でも、日々洗練された面接技術が普及してきている。そんな中にあって、なお一層の技術の向上を目指すためにこそ、一連の精神分析統合理論の中で示した、極めて難易度の高い治療の実践とその理論化は有用であると考える。若い治療者は、単に適応や禁忌という治療的なレッテルを貼るのではなく、新たな治療戦略の模索と発見を目指して欲しい。

 精神分析学もその誕生から一世紀を迎え、そろそろ本格的な模様替えをしなければならない時期に来ていると思う。フロイト以降、多くの精神分析学者が様々な主張を展開してきていることは承知しているが、いま精神分析学にとって重要なのは、フロイトを信仰するのではなく、フロイトが矛盾を感じ、ついにそれを解決することができなかった精神構造の根本に関わる疑問を、いずれその数量化を可能にすることのできるような、新たな理論で置き換えていくという作業である。はじめ、そんな大それた研究を始めようとしたわけではなかったが、教育分析を受け、かつ難治性の高い患者の治療を成功させていくうちに、精神構造の根本に存在する情動制御システムのあり方を観察し、描写することができるようになった。そして、今、それが情動認知学という新たな学問によって裏付けられようとしている。

 意識研究を中心とした脳科学も膨大である。私の意識研究もまた、かの有名な二冊の書籍、『意識はいつ生まれるのか』と『意識と脳』の熟読玩味のプロセスを有している。その上で、これら二つの研究の限界を超えるような内容を提出している。何はさておき「意識とは、これだ!」という神経回路の基本を示さなければならない。しかも、その神経回路に到りつくプロセスと、その神経回路に基づく現象が同じであることを、ひとつの理論で表わし切らなければならない。そして、とにかく、意識とは何かという問いに答え、その上で、実証的な(脳科学的な)研究をしていけば、意識の研究をめぐって「信じざるを得ない」状況や曖昧な状況に甘んずることもなくなるのではないかと思う。意識とは「選ぶための迂回路を進む船頭」であると言われても、何のことか、さっぱりわからないと思われるかも知れないが、書籍の中で示した図を見れば、納得されるに違いない。(たとえば、リカレントネットワークは前意識の神経回路を表わしても、意識の発現そのものを生じさせることはない。また、フィードフォワードネットワークでは、選ぶための迂回路を設定するために、フィードバック機構が必要である。さらに、意識ニューロンを中心とした入出力系は、様々な神経伝達のあり方を示す。)

 ソシュールからチョムスキーを経て、膨大な認知言語学の業績の足跡を辿ってみても、言語の本質は何かという問いに答えは出てこないような気がする。むろん、だからと言って、私は決してそれらの研究を否定しているわけではない。『次世代の精神分析統合理論』の「第七章:言語の本質」では、今までの言語学の主たる内容と私の提唱する「情動認知言語」(「感情言語」と「感情関連言語」と「感情潜在言語」の総和)との比較を、わかりやすい形にまとめている。そして、これからの言語学において、極めて重要な領域は文脈形成である。この文脈形成の全貌を明らかにすることこそ、言語学に課せられている最も重要な役割である。私は私の提唱する情動制御システムと言語システムは極めて密接な関係にあると考えている。その理由は「言語は人間の健康な心から発生する」と考えるからである。そして、さらにその理由は「病的な心では理解できる言葉が作れない」という私の精神科臨床における観察と経験があるからである。

 以上、簡単ではあるが、40年の歳月をかけて、一連の精神分析統合理論は弁証法的動きを示しながら完成したという点についてお伝えしておく。

                  精神分析統合理論の完成

認知科学と情動認知科学

 今までの工学的処理は、すべて認知(概念)を対象にしたものであった。その際、情動は?と問うと、それもまた認知的処理が可能であるという気配を感じさせてきたところがあった。つまり、「情動認知」という発想はなく、無理やり、情動を認知の配下に置こうとしてきた。しかし、そのように処理してみても、情動が扱えるようにはなっていない。つまり、限界である。だから、今度はその限界を超える「情動認知科学」が必要である。それは、まさに快不快の数理的処理からスタートする。ただし、情動(快不快)に関する数理的処理を望むためには、もしそれが可能になった時には、どういうことができるようになるのか?この問いに対する答えが必要である。かつては、たとえそうした研究をしても、それが何の役に立つのか、はっきりしなかったが、今はその発見を有効に利用することのできる、しっかりとした理論的背景が存在する。

 『次世代の精神分析統合理論』は、すべての論述がひとつにつながっているので、心について理解する自信のある人は、ある一定の量を読めば、その時点で閃き、心の宇宙を感じ取ることができるようになるだろう。その時、宗教や資本主義を超えた精神性を体験することができると同時に、従来の認知科学の数理的処理のあり方とは次元の異なった飛躍的な数理的処理が必要であることを実感するだろう。すでに『次世代の精神分析統合理論』の中の「図18 言語の分類と文脈」に関する考察において、快・不快の数量化が可能であることを示唆しておいた。それゆえ、従来の認知科学はそのままにしておいて、新たな数式の発見に全力を注げばよい。(当サイトの中の「情動認知(科)学」に収めた記事「人工知能(AI)時代から人工精神(AM)時代へ」と、「わかりやすい情動認知学」に収めた記事「11.人工知能(AI)の限界を乗り超える」を参照。)

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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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