精神力動論が主として心の横断面に関する研究であるのに対して、精神発達論は主として心の縦断面に関する研究である。いずれの研究も重要であるが、学習の難易度から言えば、精神力動論に比べ、精神発達論の方が、遥かに容易である。なぜならば、精神力動論は精神病からさとりに到るまでの精神構造を課題にするのに対して、精神発達論は実際の育児などを自分の心の成長と照らし合わせて観察し、吟味することができるからである。すでに膨大な乳幼児研究が存在するので、それを学ぶことによって、心の成長プロセスを知ることができる。ちなみに、私も若い頃は精神発達論をよく勉強した。しかし、精神病根治療法を確立していくプロセスにおいて、精神発達論を放棄した。

  最近、「精神発達障害」という一連の症状群が話題になっている。特にその中でも、アスペルガー症候群は繰り返し報道されるので、有名な症候群になった。一口に、発達障害といっても、脳のどの部分の発達障害か?によって、予後も異なってくるようである。はたして、そうした発達障害と機能性精神疾患との間には、何か関係があるのかどうか?たとえば、統合失調症にしても、躁鬱病にしても、立派な精神発達障害である。いわゆる陽性症状を解除していけば、いわゆる陰性症状が前面に出てくる。向精神薬が陰性症状に無効なのは、陰性症状を作り出している精神発達障害に問題があるからである。だから、根治療法を行なって発達障害を取り除けば、いわゆる陰性症状もなくなる。

              新しい心の分析教室:精神科教育の課題(2)

  自分の学生時代(中学時代や高校時代)を振り返ってみても、心について何か学んだという記憶はない。医学部に入って、教養課程では心理学、専門課程では精神医学という講座を知ったが、いずれの授業も面白くなく、ほとんどサボっていた。医学部を卒業する頃には、精神分析を勉強したくなったので、小此木先生に弟子入りをお願いし、受け入れてもらった。週二回の(症例)研究会や、(後述する)スーパービジョンを受け、小此木先生から頂いた「シゾイド人間」や「自己愛人間」を読んで、はじめて「面白い」と感ずることができるようになった。しかし、今から振り返ってみると、心に関する興味はずっと以前からあったように思うが、どうしたらよいか、全く見当さえつかなかった。

  そうした私の経験から、中学生や高校生に、心についてある程度のことを教えた方がよいと思う。何も難しいことを教える必要はないが、少なくとも正常な(健康な)心と異常な(病的な)心の区別、正常な心の中心にある「救い」や「許し」、異常な心の中心にある「救いのない」関係や「憎み合う」関係について、わかりやすく教えた方がよい。むろん、そうした正常と異常とを判別するための「スクリーニング法」も開発し、実施した方がよい。精神障害者として顕在化する前に、理解や認識を促すことは重要である。しかし、現状では教育者にそうした理解や努力はないように思う。いま、私がこのサイトを作っている大きな理由のひとつは、心に関心のある若者にも読んでもらい、役立てるためである。

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  いきなり、精神科医になるための資質を問題にするよりは、むしろ精神科医になるための動機を扱った方が適切である。一般に、医者は体の病気を診ることが仕事である。たとえ精神科医になろうとしても、最近では体の病気も診るという二年間の研修が義務付けられている。その後、あえて逸脱して、心の病気を診るということになると、それなりの理由があるだろう。考えられる動機として、表向きは心に興味があるということだろうが、内心は何らかの精神的な苦痛に悩んでいるという事情がありそうだ。しかし、こんなことを言うと、すべての精神科医は病人であるということになるので、必ずしもそう言い切れるものではないと注釈をつけておく必要がある。

  確かに、私の知っている精神科医の中にも、明らかに精神病を患っている人がいる。しかし、そういう精神科医はごく一部である。多くの精神科医は(私が紹介した精神構造の中の)防衛状態にある。防衛状態の特徴は、葛藤の存在である。私の観察によると、その中でも、強迫性人格(障害)と自己愛性人格(障害)が多いようである。だが、たとえそうした人格(障害)を持っていても、よほどのストレスがかからなければ、それが顕在化することはない。しかし、精神科領域において、病的状態(重症人格障害)や精神病状態にある患者さんの(本格的な)精神療法や精神分析をやろうとすると、一挙にストレスがかかり、治療にはならなくなってしまう。

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  教育分析(訓練分析)は、精神科医や臨床心理士の、病的状態(重症人格障害)や精神病状態を治療するものではなく、そうした人達の葛藤を治療し、解消するためのものである。それによって、(すべての)機能性精神障害に陥っている患者さんの治療を円滑に行なうためのものである。だから、本来はすべての精神科医が受けるべき性質のものである。まずは自分が患者になり、それを解消する(解消してもらう)という体験を通して、精神療法や精神分析の意義や価値を実感しなければならない。もちろん、葛藤を解消しなければ、実際の臨床の場で、治療関係を深めれば深めるほど、自分の患者さんに対する「逆転移」が大きくなり、収拾がつかなくなってしまう。したがって、教育分析(訓練分析)は最も重要な課題である。

  最近では日本国内においても教育分析(訓練分析)が受けられるので、やってみようと思う人は、日本分析協会に問い合わせてみるのが近道である。もちろん、教育分析(訓練分析)を受けるためには、それなりの資金と時間が必要である。しかし、私の場合のように、わざわざアメリカにまで行って受けてきたことを考えれば、ずいぶん環境が整ってきたように思う。また、たとえ教育分析(訓練分析)を受けても、それが直接、何らかの資格取得につながるというものではない。あくまでも「良き治療者」になるための手段に過ぎない。だから、そうした苦労が報われるという客観的な成果は存在しないが、精神科医をはじめとした多くの関係者がその価値を認識し始めれば、それが制度化につながる可能性を秘めていると考える。

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  いかにして精神療法(精神分析)の力をつけるか?それは、スーパービジョン
supervision を受けることからスタートする。このスーパービジョンという言葉は、指導や監督という意味を持つが、私の業界だけではなく、他の業界においても時々使用される言葉である。私の業界においては、精神療法や精神分析の研修の際に使用されることが多い。具体的なやり方としては、研修を受けるスーパーバイジー supervisee が、ある患者さんの治療面接の内容を記録(再構成)し、すでに研修が終わって、精神療法や精神分析の力を持っている
スーパーバイザー supervisor に報告することによって、その患者さんの心性を
理解し、有効な治療的接近を見つけ出そうとする共同作業である。

  最初に受けるスーパービジョンでは、病状の軽い(病態水準の高い)患者さんの通院治療例が適切である。服薬の有無には関係なく、カウンセリングなどを希望する患者さんに、最低で週一回60分の治療面接を提案し、それをスーパービジョンに使用すればよい。患者さんとの治療関係は、患者さんにとっても、治療者にとっても、「間主観的な」体験である。そうした関係から、第三者であるスーパーバイザーを通して、より客観的で「関係的な」側面の理解を与えられることになる。つまり、これらの異質な二つの関係を繰り返し体験することによって、力をつけることができる。これに対して、たとえ偉い人の診察の仕方を学んでも、あるいは症例の研究会に参加しても、治療者になるための力にはならない。

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  はじめに防衛状態(軽症人格障害)にある患者さんのスーパービジョンを受け、次に病的状態(重症人格障害)にある患者さんの治療のスーパービジョンを受けることができれば理想的であるが、はたして後者の症例のスーパービジョンを引き受けてくれる精神療法家や精神分析医がいるかどうか?これは今もなお深刻な問題である。現状において、病的状態(重症人格障害)を治すことのできる力と、その治療法を習得しているスーパーバーザーは極めて少ない。一部の研究者が、自らの治療体験を書籍にしているので、とりあえず、そうした書籍から治療の感触をつかむしかない。ただし、そうした書籍であっても、我流であったり、断片的であったりして、本当に役立つかどうか疑わしい。

  そうした状況を一挙に解決してしまおうと思い、私は精神分析統合理論を書いた。すでに紹介してきたように、精神分析統合理論の出発点は病的状態(重症人格障害)の治療にある。それによって、許しや救いのメカニズムを解明し、健康に到るプロセスを定式化した。精神病の治療はその応用に過ぎないが、病的状態の治療に比べ、技術も労力も倍加する。特に注意すべき点は、治療者としての力がついてくると、憎み合う関係や救いのない関係を作りやすくなるということである。しかし、そこから抜け出すことができなければ、収拾のつかない事態に発展する危険性がある。そうした内容を詳細に書いておいたので、たとえ難解な書であると感じても、精神分析統合理論から出発するのが最もよい習得方法であると考える。

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精神分析統合理論は、革命的な精神分析理論である。心の健康と病気を定義付け、諸々の精神現象のメカニズムを解明している。その中でも、精神病である躁うつ病と統合失調症の成因を解明し、治癒をモットーにした根治療法を確立している。それによって、人類に課せられた最も大きな難問が解決されている。また、意識や自我意識の解明、「さとり」への道など、想像を絶する内容が含まれている。さらに、症例研究は比類なき圧巻である。精神医学や心理学の専門家だけではなく、心に関心を抱く知識人の方々にとっても必読書である。

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